札幌高等裁判所 昭和25年(う)692号 判決 1951年3月28日
控訴人 被告人 横山和彦
弁護人 杉之原舜一
検察官 樋口直吉関与
主文
本件控訴はこれを棄却する。
理由
弁護人杉之原舜一の控訴趣意は別紙記載の通りである。
先づ控訴趣意一、の点について原判決に事実の誤認があるか否かを判断するに、原判決が「本件演劇開催の場所への入場につき判示入場料を支払はしめた事実」の認定の資料として掲げた各証拠の詳細な記載を検討しこれを綜合して考へると、本件昭和二十五年二月八日根室町字梅ケ枝町の北映劇場で行はれた前進座の公演に於て、その入場と、一口金七十円の金員の支払との間には対価関係のあることが明らかに認定されるのであつて、一件記録及び証拠の全部を検討するも右に反する認定はなし得ない。
このことは本件前進座の公演が日本共産党の文化活動の一つであるとしても、何等異るところはないのであつて、政党の文化活動としての演劇の上演についてその上演場所への入場と入場者が演劇の主催者側に対して支払う金員とが対価関係に立つ場合には、尚その金員は旧地方税法の入場料に当るものであつて、政党の活動であるが故に入場税を免脱し得るといふ根拠はない。
又本件に於ては、昭和二十四年春から日本共産党が実施してゐる五千万円資金カンパの一環として一口七十円の資金カンパを行い、このカンパに応じた者に対し入場せしめたものであることは弁護人も主張するところであつて、かゝる事情は、前記証拠と照し合せて見るとむしろ七十円の資金カンパに応じてこの金員を支払うことが入場と対価関係に立つものであることの認定を裏書するものであつて、前記認定を覆す資料とはならない。
元来旧地方税法(昭和二十五年法律第二号による改正前のもの以下同じ)第七十五条第一項に入場料金とあるのは、必しも入場料金なる名称で支払はれる金員を指すものではなく、その名称が資金カンパであれ、寄附金であれ、その他何等の名称にせよ、演劇等を催して公衆の観覧に供する場所への入場の対価として支払はれる金員を指すものであると共に、入場者に交付する証券も入場券なる名称を用いるを要せず本件の場合のように優待券とあろうとその他如何なる名称を用ふるも差支へないことも亦明らかである(昭和二十五年三月条例第三号による改正前の北海道税条例第九十二条第五号参照)。
又本件公演に当つて或る者が全然金員の支払をしないで入場した事実はあるが、これは一般の演劇等の公演においても行はれることであつて、法はこのような場合をも予想してこれに対して入場税を課することができることを定めてゐるのである(旧地方税法第七十五条第二項)から、この例外の場合を捉へて本件公演が無料公開であつたことの資料とすることはできない。
又一定の金員の支払が入場との対価関係に立つものであるか否かは客観的にこれを決すべきであつて、所論のように主催者側の意図によつてのみ判断すべき事柄ではなく、所論は独自の見解に立つものであつて賛成できない。
以上の通りであつて、本件公演に関し入場者の支払つた金員が旧地方税法に所謂入場料金に当ると判断した原判決には何等事実の誤認はない。
次に控訴趣意二、の点について考察するに、原判決がその証拠説明の部において、「被告人が本件演劇の開催を主張した者であること」を認定した証拠として掲げたところを精読すると、原判決に詳しく説明してある通り、本件演劇開催当時日本共産党根室地区委員会の委員長は欠員で、開催に関しては委員である被告人がその衝に当り、その運びは内外共に主として被告人によつて行はれたものであること、及び被告人自ら開催の責任者であると認めて行動した事実が認められるのであつて、右証拠によれば被告人が本件入場税の特別徴収義務者たる主催者であるということは十分これを認めることができる。従つて原判決は何等証拠に基かずして事実を認定した違法はなく、所論の非難は当らない。
以上の通り本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条によりこれを棄却すべきものとし、主文の通り判決する。
(裁判長判事 竹村義徹 判事 猪股薫 判事 河野力)
弁護人杉之原舜一の控訴趣意
一、原審判決は事実の誤認に基く判決であつて不法である。
前進座の公演は日本共産党の政治活動の一環として行つている文化活動であり、同党が昭和二十四年春から実施している五千万円カンパとは何ら対価関係のないことは日本共産党及び被告が従前より繰返し一般に声明しているところであり、原審においても被告が終始主張しきておるところである。日本共産党根室地区委員会が昭和二十五年二月八日書夜二回に亘り偶々右日本共産党の政治活動の一環として前進座の公演が根室町字梅ケ枝町所在常設館北映劇場で行われるに際し、前記五千万円カンパを促進するため一口七十円の資金カンパを行いこのカンパに応じた者その他党協力者に対し前記前進座の公演に無料入場せしめたにすぎないことは、原審における被告の陳述その他例えば吉村、今井証人等の証言中からも明白である。
而も原審で認めているように当時七十円カンパに応じなかつた者が相当数入場を許された事実によつてこのこと一層明かである。
従つて本件北映劇場における前進座の公演の入場と右一口七十円の資金カンパの間には何ら対価関係はないにもかゝわらず、原審はこの明かな証拠の判断を誤り事実誤認の違法を侵している。もつとも原審における証人の証言中には右七十円カンパと前進座の入場との間に対価関係があるが如きものもあるけれども、これら証人も認めているように資金カンパ帳に住所氏名を記入しているのであるから、かゝる証言は当該証人の主観的誤解に基くものであつて、かゝる誤解に基く証言によつて事の真相を判断している原審判決は不法である。本件の如き前進座公演の入場と資金カンパの間に対価関係ありや否やは入場者の主観的判断で事を断定すべきでなく主催者側の真実の意図によつてのみこれを判断すべき性質のものであることはいうまでもない。
二、原審判決は証拠によらずして事実を認定したもので不法である。原判決は被告を本件入場税の特別徴収者としての主催者であると判断しているが、何ら具体的証拠に基かず漫然とその判断を下しておるに過ぎない。原審における各証拠によるも本件前進座公演の主催者は日本共産党根室地区委員会であつて被告ではないことは明かである。而も被告は右根室地区委員会の代表者でもない。